一夜賢者の偈  増谷文雄 訳 

 

過ぎ去れるを 追うことなかれ。

いまだ来たらざるを 念(ねが)うことなかれ。

過去 そはすでに 捨てられたり。

未来 そはいまだ 到らざるなり。

されば ただ現在するところのものを そのところにおいて よく観察すべし。

揺らぐことなく 動ずることなく そを見きわめ そを実践すべし。

ただ今日まさに作(な)すべきことを 熱心になせ。

たれか明日 死のあることを知らんや。

まことに かの死の大軍と 遇(あ)わずというは あることなし。

よくかくのごとく見きわめたるものは 心をこめ 昼夜おこたることなく 実践せん。

かくのごときを一夜賢者といい また 心しずまれる者とはいうなり。

 

 

271