定年 石垣りん

ある日
会社がいった。
「あしたからこなくていいよ」

人間は黙っていた。
人間には人間のことばしかなかったから。

会社の耳には
会社のことばしか通じなかったから。

人間はつぶやいた。
「そんなこといって!
もう四十年も働いて来たんですよ」

人間の耳は
会社のことばをよく聞き分けてきたから。
会社が次にいうことばを知っていたから。

「あきらめるしかないな」
人間はボソボソつぶやいた。

たしかに
はいった時から
相手は会社、だった。
人間なんていやしなかった。