電車の窓の外は   高見 順

電車の窓の外は

光にみち

喜びにみち

いきいきといきづいている

この世ともうお別れかと思うと

見なれた景色が

急に新鮮に見えてきた

この世が

人間も自然も

幸福にみちみちている

だのに私は死なねばならぬ

だのにこの世は実にしあわせそうだ

それが私の心を悲しませないで

かえって私の悲しみを慰めてくれる

私の胸に感動があふれ

胸がつまって涙が出そうになる

団地のアパートのひとつひとつの窓に

ふりそそぐ暖い日ざし

楽しくさえずりながら

飛び交うスズメの群

光る風

喜ぶ川面(かわも)

微笑みのようなそのさざなみ

かなたの京浜工業地帯の

高い煙突から勢いよくたちのぼるけむり

電車の窓から見えるこれらすべては

生命あるもののごとくに

生きている

力にみち

生命にかがやいて見える

線路脇の道を

足早に行く出勤の人たちよ

おはよう諸君

みんな元気で働いている

安心だ 君たちがいれば大丈夫だ

さようなら

あとを頼むぜ

じゃ元気で--        

              (昭39.6.17(再入院の前日)    『死の淵より』

 

 

最期の時、あなたは、人生を、誰かを恨むのだろうか?それとも、最期の文士と呼ばれた高見順のように、全てを許せるのだろうか。

 

「だのに私は死なねばならぬ/だのにこの世は実にしあわせそうだ/それが私の心を悲しませないで/かえって私の悲しみを慰めてくれる」