新美南吉作 『でんでんむしの悲しみ』を紹介いたします。
「私ほど辛く苦しい想い」を抱いている者は他にいないと考える傍に、「みんなも私と同じように、いや、私より多くの辛く苦しい想い」を抱えているという視点を忘れてはならないでしょう。
なぜならば、独り悩み苦しまないために、孤立しないために、そして、意識的に優しくあるために。
一ぴきの でんでんむしが ありました。
ある ひ、その でんでんむしは、たいへんな ことに きが つきました。 「わたしは いままで、うっかりして いたけれど、わたしの せなかの からの なかには、かなしみが いっぱい つまって いるではないか。」
この かなしみは、どう したら よいでしょう。
でんでんむしは、おともだちの でんでんむしの ところに やっていきました。 「わたしは もう、いきて いられません。」 と、その でんでんむしは、おともだちに いいました。
「なんですか。」 と、おともだちの でんでんむしは ききました。
「わたしは、なんと いう、ふしあわせな ものでしょう。わたしの せなかの からの なかには、かなしみが、いっぱい つまって いるのです。」 と、はじめの でんでんむしが、はなしました。
すると、おともだちの でんでんむしは いいました。 「あなたばかりでは ありません。わたしの せなかにも、かなしみは いっぱいです。」
それじゃ しかたないと おもって、はじめの でんでんむしは、べつの おともだちの ところへ いきました。
すると、その おともだちも いいました。 「あなたばかりじゃ ありません。わたしの せなかにも、かなしみはいっぱいです。」
そこで、はじめの でんでんむしは、また べつの、おともだちの ところへ いきました。
こうして、おともだちを じゅんじゅんに たずねて いきましたが、どの ともだちも、おなじ ことを いうので ありました。
とうとう、はじめの でんでんむしは、きが つきました。 「かなしみは、だれでも もって いるのだ。わたしばかりではないのだ。わたしは、わたしの かなしみを、こらえて いかなきゃ ならない。」
そして、この でんでんむしは、もう、なげくのを やめたので あります。